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集中力・処理能力・判断力を鍛えるおかだ式

開発者=岡田康之(おかだやすゆき)のつぶやき

正解がわからなくても「なんでだろう?」と思えれば学びは創出する

学校の勉強で予習するというと

問題をすべて解いて

しかも正解を出すことだ

と思っている人がいる。

 

でもそれは

大きな間違いだ

テーマになっていることについて

どこまで分かっていて

どこからわからないのか?

 

何が問題だと思うのか?

 

そういった問いが

はっきりしているかどうかが

とても大切なのだ。

 

すぐ解ける問題はつまらない

勉強というと

問題は先生が出すものに

相場は決まっているようだが

先生が出す問題は

先生にとっても

切実ではないことが多い。

 

そもそも先生は

少なくとも担当教科については

エキスパートであり

どんなことでも

誰にでもわかりやすく

説明できる人だ

と思われているフシがある。

 

だとすれば先生は

出る問題の正解を

スラスラと導き出せなければ

ならないわけだ。

 

ところがそんな風に

スラスラと解ける問題が

先生にとって興味深いことは

論理的にありえない。

 

手垢のついた

古〜い問題だからだ。

 

せいぜい自分はよく知っている

という自尊心がくすぐられるだけ

なのであって

決して

心から真剣に探っていく課題

ではないのだ。

 

ワクワクするのは未知への挑戦

ではどんな問題なら

ワクワクするのか?

 

それは

今まで解けたことがない問題や

大筋は見えていても

細かいところは分からない

未知への挑戦であるときだ

 

実は手垢がついている問題でも

特定の子ども(や大人)が

その問題が分かる道筋は

一人ひとり微妙に違うので

解けない人にとっては

未知への挑戦だ。

 

そして指導する先生にとっても

その道筋をつまびらかにすることは

同じように未知への挑戦なのだ。

 

自分の解き方を

とうとうと説明するだけで

教育は終わる

と思っているとすれば

それは手抜き以外の何物でもない

 

そんなわけで

予習で大事なことは

どこまでが分かっていて

どこからが分かっていないのかを

できるだけはっきりさせること

であって

正解を理解することではない

と私は考えている。

 

このような

創造的な予習をするために

必要な力は

自分がよくわかっていないことを

言葉にできる力

すなわち

問いを出す力だ