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集中力・処理能力・判断力を鍛えるおかだ式

開発者=岡田康之(おかだやすゆき)のつぶやき

戦後日本はずっと戦争に加わってきたのです

1975年4月30日、ベトナム共和国南ベトナム)の首都サイゴン(現ホーチミン市)が、南ベトナム民族解放戦線の攻撃により陥落しました。その後、南北に分断されていたベトナムは、ベトナム社会主義共和国というひとつの国になりました。

 

第二次世界大戦の前、ベトナムは隣接するカンボジアラオスとともにフランスの植民地で、フランス領インドシナと呼ばれていました。ナチス・ドイツがフランスの首都=パリを占領したこともあり、中国で戦線を拡大していた大日本帝国は1940年〜41年にインドシナに軍隊を派遣しました。このことが、真珠湾攻撃に始まるアメリカ合衆国との戦争の引き金になりました。

 

第二次世界大戦が日本の敗北に終わったことにより、フランス領インドシナの力関係は微妙なものになりました。当初は、フランス軍・中華民国軍・イギリス連邦のインド軍が進駐し、日本軍の武装解除にあたったわけですが、平行して独立運動が起こったからです。

 

植民地支配していたフランスがハイハイと認めるわけも無く、ゴタゴタしているうちにいくつもの独立運動が生まれました。さらには第二次世界大戦後の社会主義と資本主義の対立も影を落とし、戦争の火種が尽きることが無かったのです。

 

ベトナム戦争に派遣された米軍は、最盛期には20万人近くもいました。圧倒的な財力と大量の近代兵器を持った米軍に対して、当時のソ連中華人民共和国からの資金援助を受けたとはいえ、小銃や竹やりを含めた小火器と人海戦術で対抗した小国ベトナムが延々と戦いました。そしてついに1973年になって米軍はベトナムから撤退しました。

 

アメリカ合衆国が文字通り敗北した唯一の戦争と言ってもいいでしょう。

 

それから2年たって、ようやく「内戦」が幕を閉じたのが4月30日です。

 

大国の思惑や資金や軍隊によって「内戦」が引き起こされ持続している事情は、今の朝鮮半島アフガニスタンイラクリビアスーダン・シリアそしてウクライナなどでも変わりはありません。その中で一番大きな役割を果たしているのが米軍であることは、第二次世界大戦から一貫しています。

 

そして、そのいずれにおいても、わが日本国は自衛隊を軍隊として派遣することこそしていませんが、基地提供や資金援助という形で、ずっと米軍の手足となって動いてきました。

そして、安保法制が成立した今、日本国は表も裏も無く、米軍と共同して行動する方向に動こうとしています。それが「日米同盟」です。