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ていねいにスラスラと

おかだ式計算プリントシステムの開発者のつぶやき

テストの平均点と自分の点数を比べることに意味は無い

まなびばも一応は学習塾なので
保護者の方から
学校の成績について
相談を受けることがある

そんな時に
よく出てくるが
私にはさっぱり意味がわからない
フレーズがある

せめて平均点以上は取って欲しい

ってヤツだ。


非論理的な気分にひたるヒマがあるのだろう

思わず

あぁ
この人は論理的に考えることが
できないのだなぁ

 と思ってしまう。

どう考えたって
全員が平均点以上を取ることなど
ありえないからだ

全員が同じ点数なら
全員が平均点となるが
そんなテストなら
全員が一等賞になるかけっこと同じくらい
やる意味が無い

テストをすれば
平均点以上の子どもと
平均点以下の子どもが
同じくらいできるのが
当たり前だ

多少のばらつきはあるとしても
その事情は大きくは変わらない


つまり
平均点より上か下かなどは
大した問題ではない

  • 去年より賢くなっているのか?
  • 先月よりは賢くなっているのか?
  • 先週よりは少しはマシになっているのか?

といったことは気にした方がいいが
クラスの平均点と比べて一喜一憂する
なんていうのは時間の無駄だ

 

学習成果を測りたいのなら
今現在の他人と比べるのではなく
過去の自分と比べるべきですから

 

測定には誤差がつきものなので

テストの点数なんて

その時の試験範囲に
興味が持てるかどうかでも変わるし
テストの日の体調によっても変わる

直前に詰め込めば
十点位上げるのはわけないが
一週間もすればほとんど忘れてしまうので
実力には影響がない

そもそもテストの点数なんて
大雑把な意味で
クラスの中でどのくらいの位置にいるか
を測る物差しにしかならない

そんなことは
わざわざテストなんかしなくても
子どもも先生もよく知っている

 

授業を受けている時に

  • わかった顔をしているかどうか?
  • 質問が出された時に答えられるかどうか?

といったことで

  • あの子は僕より良くわかっている
  • この子は僕がわかっていることも
    わかっていない

という感覚はみんな持っている

そして
その感覚と
テストの点数との間に
それほど大きなギャップが
生まれることはない

 

気にするべきことは
「何がわかっているのか」
「何がわかっていないのか」
がはっきりしているかどうかだ


そして
「よくわかっていないこと」を
しっかりわかるように
取り組んでいるかどうかだ


何を目標にするのかを考えることから

「医者になりたい」とか
「東大に入りたい」というのなら
テストの点数を上げるために
真剣に取り組まなければならない

けれども
「そこそこの高校や大学に入りたい」
くらいの目標であれば
できる範囲で適当にやっても
少々根を詰めて取り組んでも
入る高校や大学に
それほど大きな違いは生まれない

学校で習うことのほとんどは
大人になってから使うことはないので
一生懸命取り組まなくたって
それほど困ることもない


クラスの中での平均を目指したり
少しばかりテストの点数を上げたりすること
を目的にするのなら
テスト勉強なんかしても
ほとんど意味は無い

 

そもそも
学校の勉強や入学試験に出る問題に
心の底から興味が湧く
などという子どもは
かなり変わっている

一生懸命になれないのが正常だ
と言っても良いだろう

学ぶ意味や情熱がわかないことに
無理に取り組むヒマがあったら
自分にとって意味にあること
心の底から興味の持てることに
真剣に取り組んだ方が
生きる力になる

文部科学省や先生に
押し付けられた課題に
仕方なく取り組むのではなく
何を学ぶのかを自分で決めて

これについては
同級生はもちろん
親や先生よりも
ずっとくわしくなるんだ

というつもりで
取り組んだ方が楽しいし
よく身につく

その内容はともかくとしても
そんな学び方が
大人になってからも
役に立つことだけは
間違いない

 

 

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