ていねいにスラスラと

おかだ式計算プリントシステムの開発者のつぶやき

人は迷惑をかけあって生きている

 〜 体罰をめぐって 〜 (2)

せまい階段


人が罰を与えられるのは
悪いことをしたからでしょう

悪いこととは何かというと
周りの人に迷惑をかけることでしょう

けれども私たちは
お互いにいつも迷惑をかけあい
頼りあうことで
やっと生きています

他人に迷惑をかけていない人は
一人もいないでしょう

少々の迷惑なら
「お互いさま」と思えばしのげますが
それも程度の問題です

そこで
かけすぎた迷惑が「悪いこと」だ
として考えてみることにします

   *    *    *

駅の階段を上るときに
前に杖をついた人がいたら
文句も言わずに待つでしょう

けれどもせまい階段の途中で
ごくふつうの人が立ち止まっていて
後ろの人が急いでいれば
ものすごく腹を立てるかもしれません

いきなり大きな声で怒鳴るような
人もいるかもしれません

「急いでいるので進んでください」
と大きな声で頼むかもしれません

「ちょっと通していただけませんか」
と遠慮がちにお願いするかもしれません

いきなり小突いたり蹴ったりする人も
いるかもしれません

こういうのは体罰とは言いませんが
体罰の一つの原型かもしれません


立ち止まっていた人は
さっき恋人と別れたばかりで
ボーっとしてるのかもしれません

おなかが痛くて
動けないのかもしれません

ただ妄想にふけっているのかもしれません


だから私は
はた迷惑だなぁと感じたときでも
人間はお互いの心の中を
そのままに見ることはできないので
話しかける第一歩から
どう語るのかについて
どれほど気を配っても
気を配りすぎることはない
と思うのです